歯肉や歯槽骨など,歯を支えている組織(歯周組織)が歯と接する歯肉の辺縁部から破壊されていく疾患。歯肉の炎症に始まり,歯槽骨がしだいに消失し,歯が動揺するようになる。歯槽膿漏とは,このような一連の歯周組織の疾患(歯周疾患)の末期的な症状に対して用いられる言葉であるが,近年は歯槽膿漏という言葉より,辺縁性歯周炎,歯周疾患という言葉が用いられるようになってきた。歯槽膿漏といわれる症状を呈する者は若年者には少なく,中年以降に多いが,その前兆といえる歯肉炎のある者は若年者にも多い。
歯肉との境界部(歯頸部)に歯垢(しこう)が付着している不潔な状態を放置しておくことがおもな原因である。歯垢が石灰化した歯石,歯と歯の間に陥入した食物,充てん(塡)物や補綴物の辺縁が歯頸部の歯肉を刺激することや,歯並び,かみ合せの異常によって1本ないし数本の歯に強い力が加わること(負担過重)も歯周組織の炎症を助長する局所的な原因に数えられている。また,糖尿病や栄養障害,内分泌異常などのある場合には,局所的な原因と重なって歯周疾患を悪化させることがある。
初期には歯磨きの際に歯肉から出血する症状がある。歯肉は赤くはれていて,その周辺に歯垢や歯石が付着している。この時期には,まだ歯槽骨の破壊はなく,炎症が歯肉に限られているときなので,歯肉炎と呼ばれている。歯肉炎を放置しておくと,炎症はしだいに拡大し,歯と歯肉の境界部が徐々に深くなって歯周ポケットが形成される。歯槽骨の骨頂もしだいに消失する。歯肉は赤くはれていることが多いが,暗赤色,赤紫色を呈することもある。歯磨きの際の出血のほかに歯肉がむずがゆいような違和感のあることもある。このような状態をさらに放置しておくと,歯周ポケットはますます深くなり,歯周ポケットの周辺の歯肉は弾力が少なくなって食物がポケットの中にも入りこみ,腐敗して口臭を発するようになる。腫張した歯肉を指で押すと,歯周ポケットの中から血や膿汁が排出される。ときどき歯肉がはれ,痛むこともある。歯は動揺し,物がかみにくくなったり,歯の間にすきまができたり,前歯が前方に出てきたような感じをもつこともある。歯槽骨の消失にともなって歯肉が退縮すると歯根が露出し,歯が長くなった,あるいは歯がのびだしてきたという感じのすることもある。虫歯でもないのに歯肉がはれ,血や膿汁が出る,歯が動揺する,このような症状は典型的な歯槽膿漏の症状である。
歯槽膿漏は多くの場合,きわめて長い経過をたどる。その間の症状は一様ではなく,あるときは歯肉の炎症,痛み,排膿という炎症の著しい時期(急性発作)があり,また比較的落ち着いた状態の時期もある。疲労や体調のくずれた時期に急性発作の起こることが多く,このようなことが繰り返されるうちにしだいに歯周組織が破壊されていき,歯の動揺も著しくなっていく。かなり進行した歯槽膿漏の場合には,痛みを感ずる場合は少なく,歯肉の腫張や排膿が頻繁に起こるようになる。歯の動揺も著しく,抜歯せざるをえないような状態になる。
急性発作の際に,炎症が単に歯肉の周辺部のみならず,顎骨や口腔底にまで炎症が拡大し,重篤な症状を呈することもある。また,歯槽膿漏といわれる状態のときには,歯周組織につねに慢性の炎症があるので,歯性病巣感染の原病巣となる場合がある。きわめてまれなことではあるが,歯槽膿漏の歯を抜歯して,関節リウマチや神経痛などの症状が軽快したという例もある。
進行の程度によって治療方法は異なる。(1)局所的療法 局所を清潔な状態に保つようにすることが行われる。歯ブラシの使用方法の指導や,必要に応じて他の清掃用具を用いた清掃方法の指導が行われる。歯石の除去,不適合な充てん物,補綴物の除去も行われる。動揺のある歯で保存可能な歯は,他の動揺の少ない歯とともに固定する場合もある。また負担過重の歯には負担を軽減するための咬合調整も行われる。歯周ポケットの改善のために搔爬(そうは)や歯肉切除などの手術も行われる。動揺が激しく,保存できる見込みのない歯は抜歯される。(2)全身的療法 全身的背景が関与していると考えられる場合には,専門医による当該疾病の処置が並行して行われる。
いったん破壊された歯周組織は元の姿にはもどらない。歯周疾患の予防のためには,毎日の歯の清掃(歯磨き)と定期的な歯石除去によって,歯頸部をつねに清潔な状態に保つようにすることが最もたいせつなことである。異常を感じたら歯科医師に相談して早期に適切な処置を受けることも,歯槽膿漏の進行をくいとめ,歯を長く使うためのたいせつな心掛けである。
→歯
執筆者:岡田 昭五郎
虫歯とともに,歯槽膿漏は日本に古くから広がっていた歯の病気であった。たとえば,平安末期から鎌倉初期にかけてつくられた絵巻物《病草紙》には,中年の男が食事を前にして,口を開けて痛む歯を女房に見せている図がある。〈口の歯みなゆるぎて,すこしもこはきものなどは,かみわるにおよばず〉というから,これは歯槽膿漏である。江戸時代の俳人小林一茶も,最後の歯が〈めりめりとぬけおちぬ〉と記しているが,これも歯槽膿漏に侵されていたと思われる。
執筆者:立川 昭二
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歯周組織が破壊される病気のこと。歯周炎と同義語で、最近は学術用語としてはほとんど使用されていない。
[加藤伊八]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…しかし,その治療法が不確実であると,根尖歯周組織に炎症を生じ,二次的な傷害を招くことになる。
[歯周組織の炎症によって生じる痛み]
歯の生え際から生じる辺縁性歯周炎(いわゆる歯槽膿漏)によるものと,歯根の先端付近に生じる根尖性歯周炎によるものとがある。辺縁性歯周炎は,ほとんどが慢性の経過をとり,痛みを生じることは少ないが,炎症が進み歯が著しく動揺するようになると,物がかみにくくなることはもちろん,歯肉の発赤,腫張,化膿などを伴うようになり,痛みを生じることがある。…
…歯肉炎は,最も不潔になりやすい歯の隣接面に接する歯間乳頭の発赤,浮腫,腫張に始まり,辺縁歯肉へ,さらには付着歯肉にまで波及する。慢性歯肉炎は,出血や腫張以外にほとんど自覚症状がないので放置されやすく,しだいに歯根の支持組織の慢性辺縁性歯周炎(歯槽膿漏)に移行する。慢性歯肉炎は全身の状態に敏感に反応して病像が変わる。…
…全身的原因によるものは歯肉のみに限らず身体の他部にも出血傾向がみられ,出血は持続的で止血困難な場合が多い。慢性辺縁性歯周炎(歯槽膿漏)では歯周ポケットからの出血,排膿,歯肉縁の腫張,歯の動揺があり,これらの症状は白血病の口腔症状と非常によく似ているので,鑑別診断が重要である。このほか血液疾患に属するものでは悪性貧血,再生不良性貧血,紫斑病,無顆粒球症などの場合に歯肉出血がみられ,潰瘍を形成し,二次的感染を起こして壊疽(えそ)性歯肉炎となる。…
※「歯槽膿漏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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